★side ディアナ・ルースト──────────────お祖父様のやってる事は私には理解の範疇を超えていた。まだ子供の私に何をさせたかったのかは今尚知る由もない。彼はもうとっくに鬼籍に入ったからだ。でも私達の苦しみは彼が死ぬまで続いた。幼い私にお祖父様が厳命したのは彼へ付かず離れずで近づく事。今考えてもそんなの8歳の子供にさせようとしたお祖父様がおかしい事は明白だけれど、その時の私は鞭で打たれるのが怖くてそれに従っていた。はっきりとした顔合わせはユアバイセン侯爵家の茶会でだった、その時に名乗った。それからも色々なお茶会で会うたびに挨拶はするけれど特段親しくならない様にしていた。ただお茶会の時には王都に来れるのでそれはとても嬉しかった。そんなある日激昂したお祖父様に叱責される。片手には鞭が握りしめられていた。12歳になっていた私は幾度となく鞭打たれる母を見せられていたから、手に握られた《《それが》》普段と違う鞭だと気付いていた。普段私を叱責する鞭は短めの細い物だ。長く撓るそれは《《母用》》の物だ。何度も何度も大声を出しながら打たれた。顔を避けているのは意識が朦朧としながらも解った、お祖父様の鞭打ちながらの言葉でどうやら縁談を断られたのも解った。断られた縁談の罰が私に向かうのは理不尽だと思ったけれどそんな事が通用する人ではない。黙って打たれていたけれど何時しかもう何も私の目には映らなかった。目が覚めた時には汚い床に転がされていた。痛くて痛くて腕に残された鞭の後を手で撫でながら治ってと祈ると手から光が溢れた。そしてその部分が治ったのだ。その時に初めて魔法が使えた。何故かなんて解らない、突然使えるようになった魔法は私の中でこの歪な生活が終わる事の出来る物だという希望を生んでくれた。「これは隠さなくては⋯⋯」手を翳して祈るだけでは駄目だった。治ったのをイメージする事で光が発動する事がわかる。特に痛いところだけ治して後は放置した。傷だらけの私が治療もせずに治れば怪しまれると思ったからだ。生き延びるまで何としても隠さなければ。そして私はこの理不尽な仕打ちにロットバリーという人物を呪った。あいつが縁談を断らなければこんな事にはならなかった。首尾よくできなかった父の代わりに母が鞭打たれただろう事も予想していた。祖
お祖父様の何かしらの関係のあるメリーナ・スティル女男爵。その方の名前を頂いた私は祖父にとってどんな存在だったのか?代わりなのか、それとも憎々しい相手を忘れることのないよう自分を戒めるために付けたのか。まぁ今更考えてもしょうがない。私が取り戻したいのは幼い頃に母が優しく呼んでくれた“メリーナ”という響きを渇望しているからだ。ある日お祖父様に呼ばれて冊子を一冊テーブルに投げられた。「此処へ行け」一言で終わる会話。会話とは一言では成立しないのに我が家の会話はいつからかこうなった。それもこれもあいつに会ってからだ。空気の重い公爵邸、何時しか私の住むそこが公爵家の領地に建てられたものだと知る。弱い母には悪いけれど逃げられるのなら逃げたくて祖父に言われて可能な限りの最短で女学園の寮に移り住んだ。幼い頃に会った事のあるユアバイセン侯爵家のナタリーヌは始め私を見下していた。公爵家といえども王都にいる《《分家》》よりも力のない名ばかりの公爵。父をそう揶揄して私を馬鹿にした。私は魔法を開花してその頃には色々な魔法を自分で調べて使えるようになっていた。その夜私は彼女の部屋に転移して首を絞めた。鍵のかかった部屋に突然現れた私に慄き尚且つ絞首された彼女は私への絶対服従を誓う。笑いが止まらない。魔法さえあれば私は唯一だ!祖父が何の意図で此処に私を送ったのか暫くは気付なかった。学園が始まるまでの余暇で彼の男爵家に様子を見に行くとそこに住む可愛らしい私と同じくらいの少女が目に入った。丁度馬車に乗り込むところだったので後を付けると二人はデートしていたようだ。呑気なものだロットバリー!ターゲットを観察する、私には手足となって働く男手がない。それを見つけることも急務だった。ナタリーヌに男爵家を調べさせた。その少女はロットバリーの婚約者だった、そして彼女は女学園に入学予定。祖父が何を私に求めているのかが解った。解ったけれど言いなりになるのに少しだけ時間を擁した。葛藤したが結局は彼女を苦しめることがロットバリーを苦しめることだと思い、ターゲットを彼女に絞った。名前も気に食わなかった。祖父の気分で変更された名前、一文字だけ違うそれが何とも歯痒かった。メリーナの時は同じにしたのに何故この女の時は一文字違ったのか⋯それが呪縛のように感じた。お前
トラッシュ公爵家にそのまま帰ってきてしまったティアナは戸惑いを隠せなかった。数ヶ月前にはそこに住んでることが日常だったのに、知らぬ場所に連れてこられた感が否めなかったのだ。一つは公爵邸にロットバリーが住んでいることへの違和感だったかもしれない。そんなある日ティアナはロットバリーに誘われて公爵邸の庭園を散策した。エスコートではなくしっかりと握りしめられた手、巷で流行る恋愛小説の中に出てくる所謂恋人繋ぎで歩く庭園は恥ずかしさと戸惑いとそしてロットバリーから醸し出される安心感。ティアナの顔は真っ赤なまま庭園の端に設置された東屋に到着する。「ティア」呼び掛ける声は前のままなのに気持ちの変化があったのはティアナの方だったのかもしれない。「ティア、ゆっくりと話しをしたかった」その言葉で、こちらに帰ってきてから彼とは話していないことにティアナは気付いた。彼の願いはティアナの死だった筈なのにと、洗脳の解けている筈のティアナはまだ混同していた。「ティアは洗脳されていたんだ、だけど俺達にはどんな洗脳だったかが解らない。そして何故君があの場所に居たのかも解らないんだ。俺達の中では君は刺されたあと公爵家で治療を行っていた。それは覚えている?」「えぇ覚えているわ」「刺したやつの顔は?」「見ていないわ、何故刺されたのかも解らない」「その時ティアは何をしていたの?」ロットバリーはティアナに質問を繰り返していた。そういえば刺された時、彼は隣国に行っていて会っていないことをティアナは思い出した。「貴方とはあの時お話していないのよね?」「そうだ、俺はサリバン公爵令嬢の件でほとぼりが冷める迄と言われて隣国に行っていたんだ」「そう⋯そうだったわ、そうよね」胸の内でそうだと繰り返しながらその時の事を思い出そうとするが、途端頭痛がしてきた。痛みに顔を顰めたからだろうロットバリーがティアナの体を気遣う。「ティア無理はしないでいい、でもこうやって記憶を手繰る事こそが洗脳を解く鍵なんだ」「そうなの?」「あぁ洗脳は脳に干渉する、無い筈の記憶を植え付けるから解いてもそこに残ることがあるらしいんだ、だからこそ解いたあとにケアしないとそれがそのままティアの記憶にすり替わってしまうんだよ、解いたのに解けてない、それほど危険な魔法なんだ」「あっという間に解けるのではなくて?
|お父様《写真》の部屋に花を飾って久しぶりにロッキングチェアに座り壁を見上げると、何時もと変わらずクロードの微笑みがティアナに降り注ぐ。先程事件のあらましをマキシムから詳しく聞いたティアナは今尚困惑の中にいた。マキシムからの話しに無いものがきっと洗脳部分だとティアナには解ったけれど、あんなにリアルな出来事が全て魔法だった事が信じられなかった。ディアナ・ルースト彼女が自分にどんな恨みを持っていたのだろうか?その動機の部分にはまだ自供が無くて不明なのだとか⋯。「お父様⋯私」それ以上写真の父に何を話していいのか⋯言葉に詰まってしまった。そしてミランダが御見舞に来てくれて、ルルーニアからの手紙を預かってきていた。その事もティアナの心に影を落としていた。どうやらマリアンヌも洗脳されていたようだ。それもティアナよりもかなり前から、ストーカー行為自体が洗脳による物だったと知った皆は、何故か当然のようにロットバリーに救いを求めた。支えてあげて欲しいと⋯⋯。それを頑なにロットバリーが拒んでいるのをティアナに説得して欲しいと認めてあった。無神経な親友の本当の気持ち。きっとルルーニアにとって姉のマリアンヌは大事な大事な道標だったのだろう。尊敬していた姉が洗脳によって堕ちてしまった。藁をも縋る思いでティアナに手紙を送った事が文面から伺えた。だが⋯気持ちは解るがティアナの心が拒否している。「ロットの気持ち次第だけれど⋯私は⋯嫌なの。だって私以外の人を支えるロットなんて見たくないし⋯でもねお父様。マリアンヌ様は食事もしないそうなの、家族の支えではどうにもならないとルルーは言ってるの。それを無視なんて⋯出来なくて⋯でも嫌なの、私⋯どうしよう」物言わぬ父に話しかけるティアナは答えを乞うけれど返事は当然返ってこない。ただロットバリーの愛の言葉を繰り返し思い出しては弱い自分の心に刻むのだ。ロットバリーの願いを叶えるために。『先ず大前提を覚えてほしい。それを脳裏に刻んでくれ!俺はティアを愛してるんだ』(ロット⋯これが今の貴方の願いよ⋯⋯ね?)
夕食後マキシムから執務室に呼ばれた。ロットバリーのエスコートでティアナはソロリソロリと廊下を歩く。昼に読んだルルーニアの手紙から元気のないティアナをロットバリーが気遣う。「ティアどうかした?」かけられた声にそっとその方を見上げる。相変わらず背高のっぽの彼は心配そうな顔でティアナを見ていた。そんな彼を見て何時もと違う感情がティアナに湧き出る。(愛おしい)好きだ、大好きだ、愛してるそんな気持ちは随分前から思っていたけれど、庇護したい程に愛おしいなんて思ったのは初めてだった。その感情にティアナは少しばかり戸惑った。(自分の感情なのに私変ね)ただロットバリーを守りたいと思ったのは初めてだった。守られていたティアナが唐突にロットバリーを守りたいと思った。ロットバリーの心配そうな顔へ向けてティアナは首を横に振った。「何でもないわ、ただあなたの事がとてつもなく好きだなって⋯」頬を染め上げロットバリーに答えていた。執務室に辿り着いた二人は顔が真っ赤なままマキシムに促されソファに並んで腰掛けた。マキシムの話しは今後の二人についての話しであった。「ティアナ、以前このトラッシュ公爵家の成り立ちについて話したのを覚えているかい?」マキシムはそう切り出した。「えぇお義父様、魔力を持つ者だけが継いでいくという事でした」ティアナの返答にマキシムは頷いて微笑みながら次代はロットバリーに継がせようと思う、そうティアナに自分の決意を話してくれた。「ティアナの行方不明に尽力してくれたソルジャー王国の魔術師団と話して、このターニア王国が如何に魔法というものを廃れさせてしまっていたか気付かされたんだ」マキシムは苦い顔をしながら話してくれたのは、以前少しだけ見かけた緑髪の紳士との話だった。そしてこの国の魔力というものが、いつからか何の発展もせずに来たことを知らされた。まさか、マキシム達を宝の持ち腐れと揶揄されたとは驚きだった。ティアナなど魔力も持ち合わせていないのに⋯⋯。「魔力というものは持っているだけでは魔法が使えないそうだ、魔力を解放しなければ何の意味もないと言われた、その方法を我々の国は知らなかったから今回のような時に対応出来ないのだと思い知らされた」「では今回のディアナ・ルーストは⋯」「あぁ彼女は魔力の解放をしていて魔法を駆使していたんだ、だ
ソルジャー王国ではメイナード公爵家の別邸に滞在させてもらうことになった。前公爵夫妻の住まいは落ち着いた雰囲気で中で働く人たちも働き者ばかりであったので、ティアナは何不自由なくその邸で過ごせていた。前公爵夫人に庭園にてお茶会に呼ばれたのだが、その庭園は圧巻の出来であった。計算しつくされたように設置されてるガゼボには過ごしやすいようにソファなども置かれている。ここへ来てティアナとロットバリーは別行動となっていた。ロットバリーの魔力解放と魔法への指導に魔力のないティアナが助けになる事も同じく学ぶ事もないからだった。ティアナは単に観光に来たように過ごしていた。だがその日々はティアナには癒やしの日々でもあった。幼い時からの精神的な苦痛や最近の洗脳による疲弊でティアナの脳も心もクタクタになっていたのであろう。何もせずにただお茶を楽しみ観劇をして、街中でショッピング。偶にメイナード公爵の幼い二人のご息女と継嗣に遊んで?貰う。それらは確実にティアナの心を解きほぐしていった。ソルジャー王国で過ごして一ヶ月が過ぎた頃、緑髪の紳士この国の王宮魔術師団長であるロバットにティアナは話があると言われた。呼ばれた部屋には現メイナード夫人のアディルとその側近であるマリーも一緒にいた。「ティアナ嬢、呼び出してすまないが⋯貴方には選択をしてもらおうと思っている」そう切り出したのはロバットだった。この国に拘束していたディアナ・ルーストの処遇が決まったそうだ。「彼女ね、全く話さなくてそのままでは証拠不十分で大した罪には問えなかったの」アディルが話してくれたのは、精神干渉は魔力残滓だけでは証拠にはあまりなり得ないそうで、それに本人の自供がくっついて罪に問われるそうだ。だがディアナはこの国に来てからも口を閉ざしてしまった。だが危険な彼女を野放しにする事も出来ないし、秘密裏に消すなんてことは王命でも他国のことだから口が出せない。だからこの国の禁術で彼女の過去を調べたそうだ。そして彼女が三人の殺害、二人の洗脳、その他にも脅迫などの余罪もあったけれど、三人の殺害という時点で死罪は確定したそうだ。「君達の国は魔法の知識はお粗末だったけれど、この国にはない技術も持っていた、今回それと引き換えにロットバリー殿に魔法の指南をする事にしたんだよ」ソルジャー王国も魔力持ちはそん
ディアナ・ルーストの処刑から半年後、二人は帰国した。|写真《父》の部屋で何時ものロッキングチェアに座り、いつものように父を見上げるティアナ。帰国前にメイナード夫人との会話を思い出す。ティアナは夫人に自分の死なない体のことを『起死回生』という魔法の事を訊ねてみたのだ。メイナード夫人はその魔法の事を知っていた。そしてそれを聞いたティアナは父の想いを知ることになった。『起死回生』という魔法は他者に自分の魔力を分け与える物だという。自分の死の間近に発動する渾身のもの。ただ人は死ぬ時にやはり自分の生を願う。それほどの力が有るならば瀕死でも治癒が使えたのではないかとメイナード夫人はティアナに教えてくれた。自分の生を反故にしてもティアナの事を思って自分の魔力を捧げてくれた父に何とも言えない気持ちがティアナに湧いて来た。ティアナが魔力を持っていたらクロードの魔力がそのままティアナに受け継がれていた事だろうと、残念ながらティアナは魔力持ちではなかった為『起死回生』のみが体に宿ったということらしい。「お父様⋯私、お父様に生きてて欲しかった。治癒が出来て生き延びる事ができるのであれば私に渡すのではなくて、治癒して生きてて欲しかった」クロードが渾身の魔法で半分はティアナへ、あとの半分で元妻を死に至らしめた事を知らないティアナは、写真に懇願するように話しかけていた。(ごめん)聞こえる声はきっとティアナの中に残るクロードの魔力から発せられているのでは?とメイナード夫人は言っていた。何故かそれが自分の腹に有ると決めつけたティアナは両手でお腹を擦り亡き父を思うのであった。──────────────帰国したティアナは学園には通わずそのまま卒業試験だけを受けて卒業した。悲しかったけれどルルーニアとはあのままだった。彼女からの手紙の返信には『ごめんなさい』と一言だけを送った。いつかマリアンヌが立ち直り回復するまでは会えないと思う。ティアナの事を恨んでいるかもしれないけれどロットバリーと少しも軋轢を生む行為はしたくない。義父であるマキシムの言うとおり無理難題を押し付けているのはサリバン公爵家なのだから。それから二人は結婚式に向けて途轍もなく忙しくなった。ロットバリーは魔法省を辞めて次期トラッシュ公爵に成るべく後継者教育にも励まなければならなかった。テ
やっと此処まで辿り着いたここで私の魂は安らかに眠れるかしら?魂の安住を求めて歩いて歩いて、時には走って。疲れ果てたけれど漸く⋯⋯漸く。国の最端に位置するこの領内の此処は《《その》》志願者が後を絶たないと聞いていた。ティアナはそろそろとそこへ近づく、下をそっと除くと波飛沫が岸壁に襲いかかっている様に見えた。これなら《《死ねる》》きっと大丈夫。目を閉じ《《そこへ》》飛び込んだ。迷いは一切なかった。だってこれが《《あの人》》の願いだもの。|一時《いっとき》でもティアナを愛してくれたあの人の願い。叶えてあげなければ⋯⋯。頭の天辺に冷たさを感じた気がした時、ザブンという音と共にティアナは意識を失いそして真っ暗になった。☆★☆~生い立ち1~──────────────ティアナは侯爵家の庶子として誕生した。彼女の母はリサリディ・マリソーマリソー侯爵家の女侯爵だ。マリソー侯爵家にはリサリディしか生まれず、彼女は子供の頃から侯爵家の後を継ぐ事が決まっており、厳しい教育を余儀なくされていた。婿養子の候補は3人いた。マリソー家はターニア王国の長く歴史のある忠臣の家であるから王家の覚えもめでたい。リサリディに婿入りしたい者は我先にと釣書を送った。その中から両親は厳選して3名を選んだ。幼い頃より交流を持つと良くないと判断した両親は顔合わせの時期を学園に入学する15歳と定めた。何故なら両親も幼馴染でお互いを兄妹のように接していた為、閨に至るまでに実に5年を要したからだ。当然父親の方には性処理をする為に愛人がいた、しかし父は愛人に子供を作る愚行は侵さなかった。今となっては作っておけば良かったと思ってはいるが後の祭り。まさかリサリディができた後に、自分が病に侵されその後遺症で子種が無くなるなどと思いも依らなかった。病のあとに何度閨を繰り返しても妻にも、そして愛人にも子供が出来なかったのだ。愛人に至ってはリサリディが出来るまで事後に避妊薬を飲ませ続けたからではないかと推察されたので、若い娘を新たに愛人に迎えたが其方にも出来なかった。いや一人出来たのだが産まれてみたら彼の子でないのは一目瞭然の赤毛で黒目の男の子で、愛人の護衛に雇っていた傭兵にそっくりであった。二人とも直ぐに叩き出したが⋯⋯。そういった経緯も有り子供はリサリディのみと
ディアナ・ルーストの処刑から半年後、二人は帰国した。|写真《父》の部屋で何時ものロッキングチェアに座り、いつものように父を見上げるティアナ。帰国前にメイナード夫人との会話を思い出す。ティアナは夫人に自分の死なない体のことを『起死回生』という魔法の事を訊ねてみたのだ。メイナード夫人はその魔法の事を知っていた。そしてそれを聞いたティアナは父の想いを知ることになった。『起死回生』という魔法は他者に自分の魔力を分け与える物だという。自分の死の間近に発動する渾身のもの。ただ人は死ぬ時にやはり自分の生を願う。それほどの力が有るならば瀕死でも治癒が使えたのではないかとメイナード夫人はティアナに教えてくれた。自分の生を反故にしてもティアナの事を思って自分の魔力を捧げてくれた父に何とも言えない気持ちがティアナに湧いて来た。ティアナが魔力を持っていたらクロードの魔力がそのままティアナに受け継がれていた事だろうと、残念ながらティアナは魔力持ちではなかった為『起死回生』のみが体に宿ったということらしい。「お父様⋯私、お父様に生きてて欲しかった。治癒が出来て生き延びる事ができるのであれば私に渡すのではなくて、治癒して生きてて欲しかった」クロードが渾身の魔法で半分はティアナへ、あとの半分で元妻を死に至らしめた事を知らないティアナは、写真に懇願するように話しかけていた。(ごめん)聞こえる声はきっとティアナの中に残るクロードの魔力から発せられているのでは?とメイナード夫人は言っていた。何故かそれが自分の腹に有ると決めつけたティアナは両手でお腹を擦り亡き父を思うのであった。──────────────帰国したティアナは学園には通わずそのまま卒業試験だけを受けて卒業した。悲しかったけれどルルーニアとはあのままだった。彼女からの手紙の返信には『ごめんなさい』と一言だけを送った。いつかマリアンヌが立ち直り回復するまでは会えないと思う。ティアナの事を恨んでいるかもしれないけれどロットバリーと少しも軋轢を生む行為はしたくない。義父であるマキシムの言うとおり無理難題を押し付けているのはサリバン公爵家なのだから。それから二人は結婚式に向けて途轍もなく忙しくなった。ロットバリーは魔法省を辞めて次期トラッシュ公爵に成るべく後継者教育にも励まなければならなかった。テ
ソルジャー王国ではメイナード公爵家の別邸に滞在させてもらうことになった。前公爵夫妻の住まいは落ち着いた雰囲気で中で働く人たちも働き者ばかりであったので、ティアナは何不自由なくその邸で過ごせていた。前公爵夫人に庭園にてお茶会に呼ばれたのだが、その庭園は圧巻の出来であった。計算しつくされたように設置されてるガゼボには過ごしやすいようにソファなども置かれている。ここへ来てティアナとロットバリーは別行動となっていた。ロットバリーの魔力解放と魔法への指導に魔力のないティアナが助けになる事も同じく学ぶ事もないからだった。ティアナは単に観光に来たように過ごしていた。だがその日々はティアナには癒やしの日々でもあった。幼い時からの精神的な苦痛や最近の洗脳による疲弊でティアナの脳も心もクタクタになっていたのであろう。何もせずにただお茶を楽しみ観劇をして、街中でショッピング。偶にメイナード公爵の幼い二人のご息女と継嗣に遊んで?貰う。それらは確実にティアナの心を解きほぐしていった。ソルジャー王国で過ごして一ヶ月が過ぎた頃、緑髪の紳士この国の王宮魔術師団長であるロバットにティアナは話があると言われた。呼ばれた部屋には現メイナード夫人のアディルとその側近であるマリーも一緒にいた。「ティアナ嬢、呼び出してすまないが⋯貴方には選択をしてもらおうと思っている」そう切り出したのはロバットだった。この国に拘束していたディアナ・ルーストの処遇が決まったそうだ。「彼女ね、全く話さなくてそのままでは証拠不十分で大した罪には問えなかったの」アディルが話してくれたのは、精神干渉は魔力残滓だけでは証拠にはあまりなり得ないそうで、それに本人の自供がくっついて罪に問われるそうだ。だがディアナはこの国に来てからも口を閉ざしてしまった。だが危険な彼女を野放しにする事も出来ないし、秘密裏に消すなんてことは王命でも他国のことだから口が出せない。だからこの国の禁術で彼女の過去を調べたそうだ。そして彼女が三人の殺害、二人の洗脳、その他にも脅迫などの余罪もあったけれど、三人の殺害という時点で死罪は確定したそうだ。「君達の国は魔法の知識はお粗末だったけれど、この国にはない技術も持っていた、今回それと引き換えにロットバリー殿に魔法の指南をする事にしたんだよ」ソルジャー王国も魔力持ちはそん
夕食後マキシムから執務室に呼ばれた。ロットバリーのエスコートでティアナはソロリソロリと廊下を歩く。昼に読んだルルーニアの手紙から元気のないティアナをロットバリーが気遣う。「ティアどうかした?」かけられた声にそっとその方を見上げる。相変わらず背高のっぽの彼は心配そうな顔でティアナを見ていた。そんな彼を見て何時もと違う感情がティアナに湧き出る。(愛おしい)好きだ、大好きだ、愛してるそんな気持ちは随分前から思っていたけれど、庇護したい程に愛おしいなんて思ったのは初めてだった。その感情にティアナは少しばかり戸惑った。(自分の感情なのに私変ね)ただロットバリーを守りたいと思ったのは初めてだった。守られていたティアナが唐突にロットバリーを守りたいと思った。ロットバリーの心配そうな顔へ向けてティアナは首を横に振った。「何でもないわ、ただあなたの事がとてつもなく好きだなって⋯」頬を染め上げロットバリーに答えていた。執務室に辿り着いた二人は顔が真っ赤なままマキシムに促されソファに並んで腰掛けた。マキシムの話しは今後の二人についての話しであった。「ティアナ、以前このトラッシュ公爵家の成り立ちについて話したのを覚えているかい?」マキシムはそう切り出した。「えぇお義父様、魔力を持つ者だけが継いでいくという事でした」ティアナの返答にマキシムは頷いて微笑みながら次代はロットバリーに継がせようと思う、そうティアナに自分の決意を話してくれた。「ティアナの行方不明に尽力してくれたソルジャー王国の魔術師団と話して、このターニア王国が如何に魔法というものを廃れさせてしまっていたか気付かされたんだ」マキシムは苦い顔をしながら話してくれたのは、以前少しだけ見かけた緑髪の紳士との話だった。そしてこの国の魔力というものが、いつからか何の発展もせずに来たことを知らされた。まさか、マキシム達を宝の持ち腐れと揶揄されたとは驚きだった。ティアナなど魔力も持ち合わせていないのに⋯⋯。「魔力というものは持っているだけでは魔法が使えないそうだ、魔力を解放しなければ何の意味もないと言われた、その方法を我々の国は知らなかったから今回のような時に対応出来ないのだと思い知らされた」「では今回のディアナ・ルーストは⋯」「あぁ彼女は魔力の解放をしていて魔法を駆使していたんだ、だ
|お父様《写真》の部屋に花を飾って久しぶりにロッキングチェアに座り壁を見上げると、何時もと変わらずクロードの微笑みがティアナに降り注ぐ。先程事件のあらましをマキシムから詳しく聞いたティアナは今尚困惑の中にいた。マキシムからの話しに無いものがきっと洗脳部分だとティアナには解ったけれど、あんなにリアルな出来事が全て魔法だった事が信じられなかった。ディアナ・ルースト彼女が自分にどんな恨みを持っていたのだろうか?その動機の部分にはまだ自供が無くて不明なのだとか⋯。「お父様⋯私」それ以上写真の父に何を話していいのか⋯言葉に詰まってしまった。そしてミランダが御見舞に来てくれて、ルルーニアからの手紙を預かってきていた。その事もティアナの心に影を落としていた。どうやらマリアンヌも洗脳されていたようだ。それもティアナよりもかなり前から、ストーカー行為自体が洗脳による物だったと知った皆は、何故か当然のようにロットバリーに救いを求めた。支えてあげて欲しいと⋯⋯。それを頑なにロットバリーが拒んでいるのをティアナに説得して欲しいと認めてあった。無神経な親友の本当の気持ち。きっとルルーニアにとって姉のマリアンヌは大事な大事な道標だったのだろう。尊敬していた姉が洗脳によって堕ちてしまった。藁をも縋る思いでティアナに手紙を送った事が文面から伺えた。だが⋯気持ちは解るがティアナの心が拒否している。「ロットの気持ち次第だけれど⋯私は⋯嫌なの。だって私以外の人を支えるロットなんて見たくないし⋯でもねお父様。マリアンヌ様は食事もしないそうなの、家族の支えではどうにもならないとルルーは言ってるの。それを無視なんて⋯出来なくて⋯でも嫌なの、私⋯どうしよう」物言わぬ父に話しかけるティアナは答えを乞うけれど返事は当然返ってこない。ただロットバリーの愛の言葉を繰り返し思い出しては弱い自分の心に刻むのだ。ロットバリーの願いを叶えるために。『先ず大前提を覚えてほしい。それを脳裏に刻んでくれ!俺はティアを愛してるんだ』(ロット⋯これが今の貴方の願いよ⋯⋯ね?)
トラッシュ公爵家にそのまま帰ってきてしまったティアナは戸惑いを隠せなかった。数ヶ月前にはそこに住んでることが日常だったのに、知らぬ場所に連れてこられた感が否めなかったのだ。一つは公爵邸にロットバリーが住んでいることへの違和感だったかもしれない。そんなある日ティアナはロットバリーに誘われて公爵邸の庭園を散策した。エスコートではなくしっかりと握りしめられた手、巷で流行る恋愛小説の中に出てくる所謂恋人繋ぎで歩く庭園は恥ずかしさと戸惑いとそしてロットバリーから醸し出される安心感。ティアナの顔は真っ赤なまま庭園の端に設置された東屋に到着する。「ティア」呼び掛ける声は前のままなのに気持ちの変化があったのはティアナの方だったのかもしれない。「ティア、ゆっくりと話しをしたかった」その言葉で、こちらに帰ってきてから彼とは話していないことにティアナは気付いた。彼の願いはティアナの死だった筈なのにと、洗脳の解けている筈のティアナはまだ混同していた。「ティアは洗脳されていたんだ、だけど俺達にはどんな洗脳だったかが解らない。そして何故君があの場所に居たのかも解らないんだ。俺達の中では君は刺されたあと公爵家で治療を行っていた。それは覚えている?」「えぇ覚えているわ」「刺したやつの顔は?」「見ていないわ、何故刺されたのかも解らない」「その時ティアは何をしていたの?」ロットバリーはティアナに質問を繰り返していた。そういえば刺された時、彼は隣国に行っていて会っていないことをティアナは思い出した。「貴方とはあの時お話していないのよね?」「そうだ、俺はサリバン公爵令嬢の件でほとぼりが冷める迄と言われて隣国に行っていたんだ」「そう⋯そうだったわ、そうよね」胸の内でそうだと繰り返しながらその時の事を思い出そうとするが、途端頭痛がしてきた。痛みに顔を顰めたからだろうロットバリーがティアナの体を気遣う。「ティア無理はしないでいい、でもこうやって記憶を手繰る事こそが洗脳を解く鍵なんだ」「そうなの?」「あぁ洗脳は脳に干渉する、無い筈の記憶を植え付けるから解いてもそこに残ることがあるらしいんだ、だからこそ解いたあとにケアしないとそれがそのままティアの記憶にすり替わってしまうんだよ、解いたのに解けてない、それほど危険な魔法なんだ」「あっという間に解けるのではなくて?
お祖父様の何かしらの関係のあるメリーナ・スティル女男爵。その方の名前を頂いた私は祖父にとってどんな存在だったのか?代わりなのか、それとも憎々しい相手を忘れることのないよう自分を戒めるために付けたのか。まぁ今更考えてもしょうがない。私が取り戻したいのは幼い頃に母が優しく呼んでくれた“メリーナ”という響きを渇望しているからだ。ある日お祖父様に呼ばれて冊子を一冊テーブルに投げられた。「此処へ行け」一言で終わる会話。会話とは一言では成立しないのに我が家の会話はいつからかこうなった。それもこれもあいつに会ってからだ。空気の重い公爵邸、何時しか私の住むそこが公爵家の領地に建てられたものだと知る。弱い母には悪いけれど逃げられるのなら逃げたくて祖父に言われて可能な限りの最短で女学園の寮に移り住んだ。幼い頃に会った事のあるユアバイセン侯爵家のナタリーヌは始め私を見下していた。公爵家といえども王都にいる《《分家》》よりも力のない名ばかりの公爵。父をそう揶揄して私を馬鹿にした。私は魔法を開花してその頃には色々な魔法を自分で調べて使えるようになっていた。その夜私は彼女の部屋に転移して首を絞めた。鍵のかかった部屋に突然現れた私に慄き尚且つ絞首された彼女は私への絶対服従を誓う。笑いが止まらない。魔法さえあれば私は唯一だ!祖父が何の意図で此処に私を送ったのか暫くは気付なかった。学園が始まるまでの余暇で彼の男爵家に様子を見に行くとそこに住む可愛らしい私と同じくらいの少女が目に入った。丁度馬車に乗り込むところだったので後を付けると二人はデートしていたようだ。呑気なものだロットバリー!ターゲットを観察する、私には手足となって働く男手がない。それを見つけることも急務だった。ナタリーヌに男爵家を調べさせた。その少女はロットバリーの婚約者だった、そして彼女は女学園に入学予定。祖父が何を私に求めているのかが解った。解ったけれど言いなりになるのに少しだけ時間を擁した。葛藤したが結局は彼女を苦しめることがロットバリーを苦しめることだと思い、ターゲットを彼女に絞った。名前も気に食わなかった。祖父の気分で変更された名前、一文字だけ違うそれが何とも歯痒かった。メリーナの時は同じにしたのに何故この女の時は一文字違ったのか⋯それが呪縛のように感じた。お前
★side ディアナ・ルースト──────────────お祖父様のやってる事は私には理解の範疇を超えていた。まだ子供の私に何をさせたかったのかは今尚知る由もない。彼はもうとっくに鬼籍に入ったからだ。でも私達の苦しみは彼が死ぬまで続いた。幼い私にお祖父様が厳命したのは彼へ付かず離れずで近づく事。今考えてもそんなの8歳の子供にさせようとしたお祖父様がおかしい事は明白だけれど、その時の私は鞭で打たれるのが怖くてそれに従っていた。はっきりとした顔合わせはユアバイセン侯爵家の茶会でだった、その時に名乗った。それからも色々なお茶会で会うたびに挨拶はするけれど特段親しくならない様にしていた。ただお茶会の時には王都に来れるのでそれはとても嬉しかった。そんなある日激昂したお祖父様に叱責される。片手には鞭が握りしめられていた。12歳になっていた私は幾度となく鞭打たれる母を見せられていたから、手に握られた《《それが》》普段と違う鞭だと気付いていた。普段私を叱責する鞭は短めの細い物だ。長く撓るそれは《《母用》》の物だ。何度も何度も大声を出しながら打たれた。顔を避けているのは意識が朦朧としながらも解った、お祖父様の鞭打ちながらの言葉でどうやら縁談を断られたのも解った。断られた縁談の罰が私に向かうのは理不尽だと思ったけれどそんな事が通用する人ではない。黙って打たれていたけれど何時しかもう何も私の目には映らなかった。目が覚めた時には汚い床に転がされていた。痛くて痛くて腕に残された鞭の後を手で撫でながら治ってと祈ると手から光が溢れた。そしてその部分が治ったのだ。その時に初めて魔法が使えた。何故かなんて解らない、突然使えるようになった魔法は私の中でこの歪な生活が終わる事の出来る物だという希望を生んでくれた。「これは隠さなくては⋯⋯」手を翳して祈るだけでは駄目だった。治ったのをイメージする事で光が発動する事がわかる。特に痛いところだけ治して後は放置した。傷だらけの私が治療もせずに治れば怪しまれると思ったからだ。生き延びるまで何としても隠さなければ。そして私はこの理不尽な仕打ちにロットバリーという人物を呪った。あいつが縁談を断らなければこんな事にはならなかった。首尾よくできなかった父の代わりに母が鞭打たれただろう事も予想していた。祖
★side ディアナ・ルースト※一人称で進みます──────────────私の記憶の初めは“音”だ。ピシッピシッ!としなり、打ち付ける鞭の音。母様が父様に打たれる音私はその音をお祖父様の膝の上で聞かされる。私の家は公爵家だけど王都には住んでいなかった、それがおかしい事に気付かされたきっかけは使用人のコソコソ話しだった。「お嬢様に縁談の話しが来たそうよ」「えっ?こんな所に?」「それが今、24歳のほら⋯問題起こした⋯」「あぁ問題起こした息子に、捨てられた公爵家の娘を充てがうのね。それって⋯」「そうよ子孫さえ残せばいいってね」「まぁこの《《分家》》の公爵家が残されてるのもその為だものね」この使用人の話しを聞いたときの私は6歳でその時はおかしいとは思わなかった。ただ耳には残っていた。私の横で一緒に聞いていた乳母の繋いだ手に力が篭ったから痛くて覚えていたのかもしれない。この話しをしていた使用人は後日死んだと聞かされたのだけど大人になって始末されたのだろうと思い至った。歪な公爵家で育てられた私は年に数回だけ領地から王都に行けるときがあった。彼に初めて会ったのは私が8歳の時だった。王都には沢山の店が並んでいて滅多に来れない私はワクワクしながら店を物色していた。お祖父様と連れ立ってその洋装店に入って試着室で採寸をしてもらっている時に、店の中で待っていたお祖父様がその試着室に突然入ってきた。採寸している針子と私に「しっ」と言いながら人差し指を口元に充てて怖い顔をしていた。吃驚して呆然としている私達を尻目に、お祖父様はそっとカーテンを少しだけ開いて店内の様子を伺っている。その開いた隙間から私も店内を覗いてみた。そこには綺麗な女の人とその人に連れられて来ていた綺麗な男の子が立っていた。女の人は店員と話していて男の子は退屈なのか珍しいのかキョロキョロと店内を眺めている様子だった。その時一瞬目が合ったと思った。でも直ぐ反らされてその子は此方から後ろ向きになる店内に置かれたソファに座ってしまった。結局お祖父様はその人たちが居なくなるまで試着室から出なかった。会いたくない人なのかなと思ったけれど、その人たちが出た後、凄い勢いで私を置いて店を出てしまったから私は唖然として、そして途方に暮れた。採寸の続きをされていてもこのまま迎えに来な
路肩で待機していた迎えの馬車に乗っていたのはマキシムだった。久しぶりに見る義父は離れる前に見た時よりも歳をだいぶ重ねたように見えた。未だロットバリーに抱きかかえられたままのティアナは馬車に乗り込む時もそのままだった。「あっあのもう降ろしてください」「⋯⋯」ロットバリーはただ何も言わずに馬車の中では目を閉じたままだった。縋るように義父を見たが、彼は黙って呆れるようにロットバリーを細めで見つめてから、溜息をつきながらティアナに向けて首を横に振る。この状態が何時まで続くのか、そして自分を《《嫌っていた》》二人が何をしにこの海辺の|キャリバン領《街》に訪れたのか。そして⋯自分は何故彼に抱かれているのか?さっぱり解らぬティアナは何時しか考えるのを放棄して目を閉じた。暫く馬車で走って次に降ろされたのは大きな邸だった。客間と覚しき部屋へロットバリーに抱えられたまま連れて行かれ、その部屋の椅子に座らされた。そこには緑髪の壮年の紳士が白いマントに身を包み待っていた。座らされたティアナにいくつかの質問をしたのだが、答えるのを憚る質問にも関わらずティアナの心に反して口は滑らかに答えるのだった。そのうち彼の手から光が発せられたのまでは覚えているが、その先は猛烈な眠気に襲われてティアナは意識を保てずに目の前が真っ暗になった。──────────────「間違いないですね」緑髪の男ロバットが口を開く。「解除は出来ますか?」「それは簡単に出来ますが、その間の記憶が洗脳だった事を解くのは精神的に本人に辛い目を合わせますよ。恨み妬み嫉み。洗脳で容れられてしまった記憶を洗脳だと認識するには周りの人の献身が一番の薬です。解除の後のフォローはお二人に掛かっていますが忙しいからとお座なりにしないで頂きたいのですが⋯⋯大丈夫ですか?」ロバットの懸念はロットバリーに向けられる。「サリバン公爵令嬢は家族に任せればいい、俺の家族はティアナだけだ」ロットバリーの言葉にロバットは「ふぅ」と一つ溜息を付いてマキシムを見る。マキシムはその瞳に気付き苦笑して頷くと、それを見たロバットが「解りましたよ」そう言いながらティアナの頭に手を翳し始めた。その手から放たれる黄色い光がティアナの頭に靄をかけて、暫くの時間ロットバリーとマキシムは固唾を飲み見守るのだった。ティアナが目覚めて